大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和47年(わ)558号 判決

主文

被告人を懲役一年六月および罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中、信号無視(昭和四七年三月二四日付起訴状記載の公訴事実第二)および追越し違反(同公訴事実第三)の各道路交通法違反の点につき、いずれも公訴を棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四六年一月三一日午後四時ころ、三重県鈴鹿市下箕田町七四三番地の自宅八畳間において、行使の目的をもつてほしいままに、三重県公安委員会発行にかかる同委員会の記名押印のある自己宛運転免許証一冊(普通自動車および自動二輪車各運転免許が表示されたもの。免許番号五五六七一一三一二九〇―〇六二五)の備考欄用紙の一部を剃刀で剥ぎ取つて、その上に黒色ボールペンで「1」と記入し、同免許証の免許種類欄中、大型自動車免許の有無を示す大型欄の「〇」と表示されている上に右紙片を貼りつけあたかも同免許証には普通自動車および自動二輪車運転免許に加え、大型自動車運転免許も表示されているかのような外観を整え、もつて右運転免許証一冊(昭和四七年押第九五号の一)の内容を附加改竄して変造し、その約一年後である昭和四七年二月二四日午前一〇時三〇分ころ、愛知県海部郡弥富町大字三好字チの割一番地先道路において、大型貨物自動車を運転中、同県蟹江警察署勤務司法巡査福原裕己から、道路交通法違反の被疑者として運転免許証の呈示を求められた際、右変造にかかる免許証を真正な内容を表示したもののように装い、これを呈示して行使し、

第二、普通自動車運転免許を受け、前記第一の運転免許証を保有する者であるが、前記の如く大型免許を附加改竄して、これを普通自動車以下の運転に際し携行使用するのに気をとがめるため、昭和四六年七月六日ころ、三重県鈴鹿市地子町一五六番地鈴鹿警察署において、三重県公安委員会に対し、実際は右運転免許証を遺失した事実がなく、現に保有しているに拘らず、遺失した旨偽り、運転免許証再交付申請書を提出して免許証の再交付を申請し、同日ころ同署において、同公安委員会から同公安委員会発行にかかる運転免許証一冊(普通自動車運転免許が表示されているもの。免許番号五五六七一一三一二九一―〇六二五。昭和四七年押第九五号の二)の再交付を受け、もつて偽りの不正手段により、運転免許証の交付を受け、

第三、公安委員会の大型自動車運転免許を受けないで、

一、昭和四六年八月一八日午前六時三八分ころ、静岡県浜松市相生町二五三番地付近道路において、大型貨物自動車を運転し、

二、同年一一月二日午後二時五五分ころ、滋賀県伊香郡西浅井町大字塩津浜字東一、〇二九番地付近道路において、大型貨物自動車を運転し、

三、前記第一の変造公文書行使の日時場所において、大型貨物自動車を運転し

ものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)〈略〉

(本件公訴事実事、有印公文書偽造の点をその変造と認定した理由)

判示第一の認定事実のとおり、普通自動車および自動二輪車各運転免許が真正に表示された基本の運転免許証につき、その免許種類欄中、大型自動車免許の有無を示す大型欄に記載された「〇」の文字を「1」に改竄し、よつて普通自動車および自動二輪車各免許に加え、大型自動車免許も表示されているかの如く外観を整えた行為が、文書の偽造となるか変造となるかについて判断するに、文書の偽造とは作成権限のない者が他人名義の文書を作出することであり、文書の変造とは権限なしに真正な他人名義の文書に変更を加えることであるので、以下本件行為が右のいずれに該当するのかについて検討する。

一、検察官主張の如く、一冊の免許証に異種複数の免許が併記されている場合、各免許の表示部分は各々独立した別個の文書であるとの前提をとれば、本件の行為は、新たに大型自動車免許を表示した一個独立の文書を創作したものであるから、文書の偽造に該当すると考えられるが、本件の場合同免許証に存在する文書の数が一個か数個かの点について検討するに、文書偽造罪における文書の個数は、文書の物体自体の個数、作成名義の個数、内容たる証明の個数等の諸点を総合し、社会通念によつてこれを決すべきであるところ、これを現行の免許証についてみると、その物体の個数および作成名義の数は、いずれも一個であり、又内容たる証明の個数についても、異種複数の免許の表示が単に免許証の「免許の種類有無」の欄の各該当欄に「1」の記号をもつてなされるだけで、これに対して公安委員会の調印がなされるわけでもないこと(旧様式の免許証においては、免許の種類に関する記載が免許の年月日とともに所定の事項欄に記入され、各免許種別毎に公安委員会の調印もなされており、この点につき現行の免許証とは異なる。)などを考えると、免許の種別毎に一個独立した証明を形成しているとは解せられないので、その文書の個数は、免許証の総体につき、一個と考えられ、また世上かかる免許証に対して抱くであろう社会的通念を考慮に入れると、異種複数の免許が表示された免許証も、文書偽造罪における文書としては一個であると解するのが相当である(京都地裁、昭和四四年七月一六日判決、刑事裁判月報昭和四四年度一巻七号七五九頁参照)。

従つて、異種複数の免許が併記されている免許証の文書の個数が数個であるとの前提に立つ検察官の見解は、これを採用することができない。

二、更に、異種複数の免許が併記されている免許証が総体として一個の文書であるとしても、ある種の免許が併記される前後における同免許証の内容は、全く別異のものであり、該免許の併記により新たな別個の文書が創作されるのではないか、即ち、本件についてみれば、普通自動車および自動二輪車が表示された基本の免許証と、これに大型自動車免許が併記された後の免許証とは同一性を欠く別異の文書であり、従つて本件の行為は、新たな文書を作成したものであつて、文書の偽造に該当するのではないかを疑つて観るに、成程、取得された免許の種類の表示は、免許証の重要な部分である。しかし、本件の如く、既存の免許の表示に加え、異種の免許を併記することは、免許証の内容を全く改変させるものではなく、既存の内容を拡張的に変更させるものにすぎない。従つて本件においても、大型免許が併記される前後における免許証はその内容が拡張されたか否かの点で異なるにとどまり、同一性を失うものではないから、別個の文書であるとはいい得ない。

よつて、本件行為は、新たに文書を作成したものではないから、文書の偽造に該らない。

三、そうすると、本件行為は、権限なく免許証に変更を加えたものであつて、文書の変造に該るというべく、本件行為が公安委員会作成名義にかかる、同委員会の記名押印のある免許証につきなされたものであるから、判示第一の認定事実につき、有印公文書変造と認定した次第である。

(本件公訴事実中、信号無視および追越し違反の各道路交通法違反の点につき、いずれも公訴を棄却した理由)

一、本件公訴事実中、信号無視および追越し違反の各道路交通法違反の点は、

被告人は、

(一) 昭和四六年八月一八日午前六時三八分ころ、静岡県浜松市相生町二五三番地付近道路において、信号機の表示する止まれの信号に従わないで、大型貨物自動車を運転進行し、

(二) 同年一一月二日午後二時五五分ころ滋賀県公安委員会が道路標識によつて追越し禁止の場所と指定した滋賀県伊香郡西浅井町大字塩津浜字東一、〇二九番地付近道路において、大型貨物自動車を運転して普通貨物自動車一台および軽四輪自動車一台を追越し

たものである、というにある。

二、ところで、(一)、判示第三の一の事実認定に供した前顕各証拠〈略〉によれば、被告人は、前記一、(一)記載の公訴事実と同一である信号無視の被疑事実により、折しも交通取締に従事中の静岡県警察本部警察官から、道交法違反の被疑者として運転免許証の呈示を求められたが、その際、運転していた大型自動車の免許を受ていないのに拘らず、判示第一記載の変造にかかる免許証を呈示したため、同警察官から、無免許運転者であることを発見されず、そのころその場において、右被疑事実につき反則者の反則行為として告知を受け、反則金相当額仮納付の期限内(道交法第一二九条第一項参照)に当該相当額六、〇〇〇円を仮納付したこと、同年九月一日、静岡県警察本部長により、右反則金納付の公示通告がなされ、当該反則金を納付した者とみなされたこと、その後、被告人が、右反則行為の際無免許運転者であつて、非反則者であることが判明したため、昭和四七年三月三日付で右警察本部長により道交法第一二七条第二項に基づく告知是正措置がなされ、その頃右反則金の還付手続がなされたことが認められ、また(二)、判示第三の二の事実認定に供した前掲各証拠〈略〉によれば、被告人は、前記一、(二)記載の公訴事実と同一である追越し違反被疑事実により、折しも交通取締に従事中の滋賀県木之本警察署警察官から、道交法違反の被疑者として免許証の呈示を求められたが、その際、運転していた大型自動車の免許を受けていないのに拘らず、判示第一記載の変造にかかる免許証を呈示したため、同警察官から、無免許運転者であることを発見されず、その頃その場において、右被疑事実につき反則者の反則行為として告知を受け、反則金相当額仮納付の期限内に当該相当額六〇〇〇円を仮納付したこと、同年一一月一六日、滋賀県警察本部長により、右反則金納付の公示通告がなされ、当該反則金を納付したものとみなされたこと、その後、被告人が右反則行為の際無免許運転者であつて非反則者であることが判明したため、昭和四七年三月三日付で右警察本部長により道交法第一二七条第二項に基づく告知是正措置がなされ、その頃右反則金の還付手続がなされたことが認められる。

三、そこで、通告にかゝる反則金を適法に納付した者(公示通告により反則金を納付した者とみなされた仮納付者を含む)が非反則者であるときは、当該反則行為となる事実につき、公訴不提起の効果(道交法第一二八条第二項参照)が初めから生じ得ないと解すべきか否かについて判断する。

(一) 検察官は、この点につき、交通反則通告の手続は、非反則者には採り得ない手続であるので、非反則者である被告人の反則行為につきなされた本件通告には重大な瑕疵があり、しかも被告人が非反則者であることが判明しなかつた原因は、専ら被告人の積極的欺罔行為に基因するものであつて、警察側には故意又は重大な過失が認められないから、右通告は無効或いは取消し得るものである旨主張する。

1 そこで、まず、非反則者に対してなされた本件通告が当然無効であるか否かについて検討するに、

成程、検察官主張の如く、本件は、非反則者である被告人を反則者と誤認した警察本部長から、反則者の反則行為である旨の通告がなされたものであつて、本件通告の内容には瑕疵が存する。

しかし、いかなる瑕疵でもすべてが無効原因となるのではなく、無効原因となるのは、本件の如く処分(通告も行政処分である。)内容に瑕疵の存する場合についてみれば、その瑕疵のため社会通念上又は法律制度上、処分内容の実現が不能と認められるとき(例えば、土地区画整理にあたり従前の土地に何ら使用収益権を有しない者に対してなされた仮換地指定処分。東京地裁、昭和三〇年七月一九日判決、行政事件裁判例集六巻七号一九五頁参照。)、或いは処分内容が不明確であつて確定し難いとき(例えば、撤去すべき目的物やその範囲を明示していない道路法第七一条第一項による工作物除去命令。佐賀地裁、昭和三〇年四月二三日判決、行政事件裁判例集六巻四号一二二頁参照。)等の如く、その処分の目的を達成し難いような重大な瑕疵が存する場合に限られるべきである。従つて、処分内容の実現を不能とする程重大な瑕疵が存せず、単に処分要件の存否を誤認したにすぎないないような場合(例えば、建物焼跡の敷地を農地と誤認してなされた農地買収処分・大阪地裁、昭和二七年一二月四日判決、行政事件裁判例集三巻一二号二八二頁参照。)は取消原因になるとしても無効とはならない(最高裁事務総局編「行政事件訴訟十年史」一二一八頁〜一二二四頁参照。)。

そこで本件について考察するに、本件通告は、存在しない事実に基づいてなされたものではなく、まさに、被告人が犯したと認めらられる違反事実(本件反則行為となる事実)に基づいてなされたものであること、従つてまた、本件通告の理由となる反則行為自体には何らの誤認がなく、唯、いわば公訴提起を直ちにし得る資格要件ともいうべき、被告人が非反則者であるとの事実につき看過があつたのにすぎないこと、本件通告により納付されたとみなされる反則金額は、その理由とされた違反事実の処罰規定が定める法定刑の範囲内(道交法第一一九条第一項第一号、第二号参照。)であること等を考えると、本件通告が、非反則者の反則行為につき、反則者の反則行為としてなされた点において違反であることを考慮に入れても、同通告にはその内容の実現が不能と認められる程重大な瑕疵が存するものとはいえず(なお、本件通告の内容が不明確でないことは勿論である。)単に処分要件の一部の存否を誤認したという瑕疵が存するにすぎないものと考えるべきである。

更に、警察本部長の右誤認は、被告人の変造免許証の呈示という欺罔行為により生じたものであり、右瑕疵ある通告は、被告人の不正行為に基因してなされたものであることは、検察官所論のとおりである。

しかし、右通告は、警察本部長の権限内で決定表示されたものであるから、それが被告人の不正行為に基因してなされても、これを理由に当然無効とはなり得ない(最高裁、昭和二八年九月四日判決、民事裁判例集七巻九号八六頁、最高裁、昭和二九年九月二八日判決、民事裁判例集八巻九号一七七九頁参照。)。なお、警察本部長の本件誤認は単に被告人の不正手段のみに基因するのでなく、部下警察官にもこれを看過した過失を認むべきこと後記のとおりである。

よつて、本件通告が当然無効であるとは認められない。

2 次に、本件通告が取消し得るものであるか否かについて検討するに、

前記1、記載のとおり、本件通告の内容には非反則者を反則者と誤認した瑕疵があり、しかも同誤認は被告人の不正行為と警察官の看過に基因するものであるから、右通告には瑕疵が存するものである。

しかし、処分の取消を許すのは、瑕疵の重要性の程度、取消さなければならない公益上の必要性の程度、取消すことによつて関係人に及ぼす利害の程度等を考慮し、取消を必要とする公益上の理由が既存の秩序破壊の不利益を上回る場合でなければならず、とくに、その取消しにより国民の既得の権利、利益が侵害される場合には、その取消しは重大な制限を受けるものと考えるべきである(最高裁、昭和三一年三月二日判決、民事裁判例集一〇巻三号一四七頁、最高裁、昭和三一年六月一日判決、民事裁判例集一〇巻六号五九三頁、最高裁、昭和四一年四月二六日判決、訟務月報一二巻八号一一九四頁参照。)。

そこで本件について考察するに、前記1記載のとおり本件通告には、その理由となる事実(反則行為となる事実)自体には誤認がなく、唯、いわば公訴提起を直ちにし得る資格要件ともいうべき、被告人が非反則者であるとの事実につき誤認があるにすぎないから、著しく重大な瑕疵が存するとはいえないこと、右誤認は、被告人が警察官に対し、変造にかかる免許証を呈示したという不正行為に基因するものであるが、一般に被疑者は事実を隠ぺいしようとする本能(時には権利)を有し、これを取り調べる警察官は被疑者の言動如何に拘らず、事実を探究すべき職責を有するから、本件警察官の落度が予想されるばかりでなく、押収してある右免許証(昭和四七年押第九五号の二)をみると、必ずしも右変造を看破することが困難であるとは認められないので、本件誤認につき警察官にも落度があつたことは瀝然であり、被告人だけを責められないこと、被告人は、本件反則行為につき反則金を納付しており、本件通告により、軽重の差はあるにしても、一応処罰に相当する責を果しているものと評価できるので、これを取消して改めて処罰しなければならないという公益上の必要性は必ずしも大きいとはいえないこと、とくに、被告人は、本件通告にかかる反則金を納付したことにより、その理由となつた本件反則行為にかかる事件につき公訴を提起されないという重要な利益を有しているので、右通告を取消して右利益を侵害することは重大な制限を受けること、等を総合して考慮すると、被告人の有する右公訴不提起の利益を侵害し、既存の秩序を破壊してもなお本件通告を取消さねばならない程の重大な瑕疵や重大な公益上の必要性は、認められない。

よつて、本件通告を取り消すことはできないものといわなければならない(仮に取り消しが可能であるとしても、その効果は、叙上の事情下においては、公訴不提起の既得権を奪うことにはなり得ない)。

(二) 更に、反則金納付による公訴不提起の効力は、通告の効力の及ぶ範囲しか及ばないのではないか、即ち、本件についていえば、本件通告の効力は、反則者としての被告人の反則行為となる事実についてしか及ばず、非反則者である被告人の本件反則行為となる事実には及ばないのではないか、との疑問がある。

しかし、警察本部長としては、通告をする機会に認定を誤まらなかつたならば、本来の違反事実につき、通常の刑事手続により処理することが可能だつたのであるから、通告にかかる反則金が納付された以上、その後、通告における事実認定の誤まりを国の方から主張し、公訴の提起をすることは許されないと解すべきである。従つて反則金納付による公訴不提起の効力は、反則者とされた者が非反則者である場合にも、通告の理由とされた反則行為となる事実について及ぶものと考えるべきである(刑事裁判資料一八二号、最高裁事務総局編「交通反則通告制度について」三七頁参照。)。

よつて、本件通告の効力は非反則者である被告人の本件反則行為となる事実についても及ぶものといわなければならない。

(三) なお、本件においては、警察本部長により、道交法第一二七条第二項による告知是正措置がなされているが、同措置は通告がなされた後にはできないものであるばかりか(道交法第一二七条第二項参照。)、そもそも通告自体を是正するものではないから、同措置がなされることにより、通告にかかる反則金納付による公訴不提起の効力が及ばなくなることはあり得ない。

(四) 以上のとおり、本件通告は、有効かつ取消し得ないものであり、また同通告にかかる反則金納付による公訴不提起の効力は、非反則者である被告人の本件反則行為となる事実についても及ぶから、前記信号無視および追越し違反の各被疑事実につき公訴不提起の効力が及ぶものである。(道交法第一二八条第二項参照。)

四  そうすると、本件公訴事実中、信号無視および追越し違反の各道交法違反の点は、公訴提起の手続が道交法第一二八条第二項の規定に違反しており、無効である。

よつて刑事訴訟法第三三八条第四号により、右の点につき、いずれも公訴を棄却した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(堀端弘士 鈴木雄八郎 熊田士朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例